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神戸地方裁判所 昭和32年(ヨ)308号 判決 1957年12月24日

債権者 大西毅

債務者 アサヒタクシー株式会社

主文

債務者が、昭和三二年七月二日債権者に対してなした解雇の意思表示の効力は、本案判決が確定するまで仮に停止する。

債務者は債権者に対し、本案判決が確定するまで、金五六、八〇〇円並びに昭和三二年一二月以降毎月二八日限り、前月の二一日からその月の二〇日まで一日金四〇〇円の割合をもつて算出した金員を仮に支払え。訴訟費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者代理人は、「債務者が、昭和三二年七月二日債権者に対してなした解雇の意思表示の効力は、本案判決が確定するまで仮に停止する。債務者は債権者に対し、本案判決が確定するまで、昭和三二年七月以降毎月二八日限り、前月の二一日からその月の二〇日まで(ただし、昭和三二年七月二八日支払うべき分については同月二日から同月二〇日まで)一日金六二四円四七銭の割合をもつて算出した金員を仮に支払え。」との判決を求め、申請の理由として次のとおり述べた。

「一、債務者会社はタクシー業を営むものであり、債権者は昭和二六年一一月頃債務者会社に雇われ運転手として勤務していたが、債務者会社は同三二年七月二日債権者に対し懲戒解雇の意思表示をした、しかして、それは、同三二年三月三一日債権者は勤務時間中において約一時間債務者会社の特別の承認を得ないで自己が配車を受けて運転していた自動車を同僚の運転手奥矢信義に託して運転させたこと、そのうち約四〇分は、翌日に迫つた兵庫地方労働委員会の斡旋に際し提出すべき資料の整理のため組合事務所に帰り、うち約二〇分は、隣接の近畿タクシー労働組合へ協約締結について助言のため立ち寄つていたこと、その間奥矢信義が債権者に代つて運転中過つて助手台側の戸に自転車のハンドルを接触させこれにより自動車の車体に極めて軽微なかすり傷程度の損傷を生ぜしめたことがあるが、債務者会社はこれらの事実をとらえ、労働協約たる賞罰委員会規定第五項第三号、第六号、第一二号、第四項第七号、第一三号に該当するものであるとして、債権者に対し右の懲戒解雇処分をしたのである。

二、しかし、右懲戒解雇は後記のような理由で無効であるが、まず右懲戒解雇の意思表示がなされるまでの経緯をふりかえつてみることにする。

債務者会社においては、その従業員が昭和三〇年六月二七日神戸合同労働組合アサヒタクシー支部(以下組合、または第一組合という)と称する労働組合を結成し、債権者は結成当時から今日まで引き続き同組合の支部長(以下組合長という)に就任している。しかして、組合は昭和三一年一一月会社に対して退職金制度制定の要求を提示して交渉に入り、昭和三二年三月六日賃上げ要求をも追加して交渉を重ね、兵庫地方労働委員会へ斡旋の申請もしたが無為に帰したので、同年四月五日ストライキに突入し爾来五九日にわたる長いストライキの後同年六月四日に至つて漸く妥結をみたのである。右円満妥結をみた翌々日、すなわち同月六日債務者会社は、債権者が右ストライキ突入前同年三月三一日債務者会社の特別の承認を得ないで自動車を奥矢信義に運転させた前記の一件をとりあげて、債権者を賞罰委員会の議に附する旨組合に申し入れ、その後同年七月一日までの間四回にわたり同委員会が開催されたが、前記のように翌七月二日債務者会社は債権者に対し懲戒解雇の意思表示をしたのである。

三、しかしながら、右懲戒解雇の意思表示は以下に述べる理由により無効である。

(一)  右懲戒解雇の意思表示は労働協約の適用を誤つているから無効である。

債務者会社は債権者の所為が懲戒の事由に当るとして前記のように賞罰委員会規定の多数の条項を掲げるけれども、そのいずれの条項にも該当していない。しかるに懲戒事由に当るとし、しかも解雇をもつて臨んだのは、労働協約の適用を誤つたものであり無効である。

(二)  仮にそうでないとしても、本件解雇は不当労働行為であるから無効である。

債権者は前示のように組合結成以来組合長をつとめ、常に労働者の先頭に立つて活躍し、ことに五九日の長いストライキを指揮して会社側と抗争した。本件解雇はこの債権者の組合活動に対する報復としてなされたものであり、かつ債権者を追放することによつて組合の団結を破壊しようとの目的に出た行為である。このことは、賞罰委員会の席上会社側委員は再三にわたり、これ程の大争議を起しておいて組合長たる債権者が責をとらないでよいわけはない、と言及していたことによつてもうかがい知ることができる。のみならず、債務者会社が色々その便宜を与えて昭和三二年六月二二日第二組合を結成させたことは第一組合に対する弾圧以外の何物でもない。更に、債権者と同時に賞罰委員会に附議された運転手に光島新治という者がいるが、その附議事実は、同人がメーターを倒さないで客を乗せて運転したため、陸運当局から当該自動車の五日間営業停止処分を受けたという極めて悪質なものであるにもかかわらず、同人が第二組合に転向したというだけで同委員会における審議が直ちに打ち切られ、処分を免れているという事例もある。以上の事実に徴すれば、本件は債権者が労働組合の正当な行為をしたことの故をもつてした解雇であり、かつ債権者を解雇することによつて組合自体の団結を破壊し若しくは弱体化を企図した支配介入行為であるから、労働組合法第七条第一号、第三号により無効である。

(三)  仮にそうでないとしても、本件解雇は解雇権の乱用であるから無効である。

債権者に対する解雇理由は、債務者会社の承認を得ないで他人に自動車を運転させたこと、勤務時間中無断で職場を離脱し私用を足したこと及び事故を発生させたことの三点に要約される。しかし、他人に自動車を運転させたといつても、それは非番の同僚であり、専ら会社の営業成績を維持向上させようとの良き労働者としての考えに出た事柄なのである。しかも、これまで非番の同僚に任意運転を代つてもらう実例は、出番の組合員が経営協議会等労使双方間に持たれる会合に出席する場合に常にみられ、会社においても運転手のこのような配慮に賛意を表していたのである。又この事故は争議中の出来事であり、職場離脱といつても、労働協約第一三条が組合活動は原則として労働時間外に行う旨定め緊急やむをえない場合は労働時間中に行いうることを予定していることを考えれば、債権者が翌日に迫る地方労働委員会の斡旋に際し提出すべき資料の整理のため神戸合同労働組合本部の要請によりやむをえず職場を離れ、その序に隣りの近畿タクシー労働組合へ助言のため極く僅かの時間を費したものであることは十分考慮されねばならない。更に、車体に損傷を生ぜしめたというが、その程度は極めて軽微であり、しかも直ちに代つて運転してもらつた事情と共に会社に報告しその弁償は自らなす旨申し出たことでもある。そうであるから、債権者の所為には責められるべき点があるとしても、これをとらえて直ちに懲戒解雇処分に付したのは甚だしく苛酷であり、解雇権の乱用にわたるというべきであるから無効である。

四、債務者は、債権者を懲戒処分として解雇に附するについては、その量定に際し情状として債権者の性格粗暴等の事実が考慮せられた旨主張する。しかしながら、債権者の懲戒につき審議せられた賞罰委員会においては右のような情状について何等検討を加えられていないのみならず、組合側委員はそのような資料の提供を受けていないのであるから、本件懲戒解雇はその前提要件たる賞罰委員会が完全に持たれたということができない。そうであるから本件懲戒解雇は、たとえ債務者主張のとおりとしても、この点において無効とみられる。

しかも、債務者が債権者の性格粗暴等の事実の例証として示すものはすべて事実無根か又は著しく事実を歪曲したものである。

(1)  債務者主張の三(3)の事実について、

債権者は昭和三二年六月二日団体交渉の休憩時間に会社側委員に雑談として、「会社は事ある毎に解雇というが良くない事だ。現に優良な運転手の一人丸山(正孝)君についても一再ならず解雇にするといつたが諸種の事故はいはば運転手の災難とも考えられる。要はその人の人柄である」というような話をしたが、これを同日組合員に対する報告の席上一同の前で話したところ、丸山正孝は何を誤解したのか、個人的なことを満座の中でしやべるとは怪しからん、と債権者に対しペンチを振り上げて打ちかかつて来た。債権者は同人とつかみ合つたのであるが、同席した他の組合員が同人を取り押えてくれた。その際誰がどうしたためか同人は負傷した事は事実である。しかしながら、この事実をもつて債権者を乱暴者呼ばりすることは道理の通らないことである。

(2)  債務者の三(4)の事実について、

賞罰委員会規定第一一条によると、社長及び支部長は随時委員会に出席して意見を述べることができる、と規定され、又同規定第八条には、委員が当事者である場合はその委員は審議に加われない旨規定されている。これらの規定によれば、組合長(支部長)は随時出席する権限のあることを定め、自己が当事者である場合については定めがないのであるから、組合長はたとえ自己が当事者である場合においても委員としてではなく組合長として当該賞罰委員会に出席しかつ意見を述べることは何等差し支えない筈である。問題の賞罰委員会においては債権者と光島新治の両名が審議に附されていた。そこで、債権者は自己が審議の対象となつていても組合長として入室することは差し支えないのであるけれども、自己の問題が附議されているならば遠慮しようとの配慮から、入室に際し予め確かめたところ、その時は自己の問題ではなく光島新治の問題が討議されているというのであつたので、債権者は入室しようとしたのであるが、会社側委員はそれでも入室は禁止されるものとしてこれを拒否したのである。この会社側の拒否は強者が弱者に対する横車ともいうべきものであり、これを評すれば、暴力的なのはむしろ会社側である。これに対し債権者が自己の権利、労働者の権利を守るため単に怒号し物凄い剣幕で手拳で机を叩いたとしてもそれが何の暴力であろうか。まして債権者は会社の暴力に対し声を大にして断乎たる態度を示して軽く机を叩いて決然とものを言つたに過ぎないのである。

(3)  債務者主張の三(5)の事実について、

昭和三二年六月二四日午前八時頃前示ストライキ中闘争資金カンパをした神戸合同労働組合傘下の日の丸タクシー支部の支部長以下数名の組合員が第二組合長に面会を求め、第二組合事務所前において、第二組合員数名に対し、争議中資金カンパを受けながら御用組合を結成したことを強く非難していた。豊島部長はこの有様を写真に撮ろうとしたのである。しかしながら、このように騒然としている時に撮影することはこれまでしばしば事故を生んでいるのであつて、若し日の丸タクシー支部の組合員等が豊島部長の撮影行為に気付いていたならばどんな騒ぎになつていたか知れないのである。幸に債権者が先ず気付いたので、事故を未然に防止するためこれを強く制止したに過ぎない。これを粗暴な行為というに当らないことは多言を要しない。債務者会社は豊島部長が撮影しようとしたのはビラである旨主張するが、若しそうであるならば、右のように騒然としている時に撮影しなくとも何時でも撮れる筈である。

(4)  債務者主張の三(6)の事実について、

昭和三二年六月二七日午前八時頃より二時間の予定で組合大会が開催されたが、これはその前日債務者会社に届け出て了解を得たものである。しかし、債務者会社から白神一郎を通じて早く切り上げるよう要請を受け、組合は右の要請に応じ予定より四〇分早く午前九時二〇分に大会を閉会した。そして組合員は直ちに就業しようとしたところ、債務者会社は非番の第二組合所属の運転手を乗車させ全車輛出庫させていた。このように第三組合所属の運転手を乗車させたことにつき債務者会社は公共の必要性を強調するが、右の組合大会は債務者会社の了解のもとに開催実施せられしかも要請に従つて予定を短縮したこと前記のとおりであるから、真実さし迫つた必要性があつたものとしても、第一組合の承諾を得た上でなすべきことは当然である。しかるに、債務者会社は何等そのような措置をとらなかつたので、債権者はその非道を声を大にして難じたわけであるが、これは憤慨するのが当り前である。

(5)  債務者主張の三(7)の事実について、

昭和三二年七月二日、この日は債権者の懲戒解雇処分が発表された日であるが、このことは前日から判明していたので、組合においてはその対策を協議するため組合大会を開催する旨前日から債務者会社に申し入れていた。ところが当日開催間際になつた中止方の回答があり、同時に強いて開催するならば自動車はスペアー運転手をして出庫させる旨通告して来た。そこで債権者は車庫に行き、居合せた人々に対し、債務者会社の横車の仕方を述べ若し会社の通告どおり車が出庫すれば大会終了後組合員の乗車すべき車がなくなることになるがそれは組合活動の妨害である旨よく聞えるように説明し、そして、債権者は自動車が出庫しないよう一人でピケを張つたのである。無論第一組合所属の運転手の乗車を阻止しようとしたのではない。債務者はこれも債権者が阻止したと述べるが、これもまた債務者が事実を曲げて自らの不当を債権者の結果に置きかえようとしているのである。

五、以上述べたところから明らかなように、債権者と債務者会社間には今なお雇傭契約は有効に存続しているが、債権者は解雇通告以来故なく就労を拒否され、同日以降の賃金の支払を受けていない。そして、右解雇当時債権者は平均賃金一日六二四円四七銭の割合により前月二一日からその二〇日までを限り締切り計算した賃金を毎月二八日支給されていたが、債務者会社から支給される賃金をただ一つの収入源とする労働者である債権者は現に日日の生活にも事欠く状態に追い込まれている。よつて、債権者は本件懲戒解雇の意思表示の効力の停止と昭和三二年七月二日以降の右賃金と同額の金員の仮払とを命ずる仮処分命令を求めるため、本申請に及んだ次第である。」

債務者代理人は、「債権者の仮処分申請を却下する」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「一、債権者主張事実のうち、債務者会社がタクシー業を営むものであり、債権者は債務者会社の従業員として運転手の業務に従事していたこと、債務者会社の従業員をもつて組織する神戸合同労働組合アサヒタクシー支部の支部長は債権者であつたこと、昭和三一年一一月右組合から退職金制度制定の要求があつて交渉に入り、その後賃上げ要求も加わつて紛争が生じ、同三二年四月五日組合はストライキに入つたが同年六月四日交渉妥結して争議が終了したこと、争議妥結後債権者の懲戒に関し数回賞罰委員会が開催され、その議を経て、同年七月二日債務者会社は債権者に対し懲戒解雇の意思表示をしたこと、解雇理由の主たるものは、債権者主張の日に債権者が債務者会社の特別の承認を得ないで配車された受持の車を同僚の運転手奥矢信義に運転させて事故発生の原因を作出し、その間自らは会社の業務を執らなかつたことであり、債権者主張の賞罰委員会規定の条項に該当する所為があつたとして右解雇処分がなされたこと、組合と債務者会社との争議に関し同三二年四月一日地方労働委員会の斡旋員の斡旋があつたこと、同年六月二二日第二組合が結成され光島新治も同組合に加入したこと、同人も債権者と同時に懲戒に関し賞罰委員会に附議されていたが、同人に対する審議は債権者主張のように中途で取り止められたこと及び解雇当時における債権者の平均賃金が一日六二四円四七銭であつたことはこれを認めるが、債権者の解雇事由について債権者が種々述べるところはすべて争う。

二、債権者を解雇したのは次の理由に基く。

債務者会社は昭和三二年三月三一日午前八時債権者に対し一九五六年型トヨペットクラウン車を配車して就業せしめたにかかわらず、債権者は債務者会社の承認を得ないで同日午前八時半頃下車し同日午前一〇時頃まで会社の運転手奥矢信義をして代つて同車を運転させたところ、奥矢信義は同日午前一〇時頃神戸市長田区五番町において電車通を横断しようとした今倉ふみ子をはね治療約一〇日を要する打撲傷を負はせ、かつ車体を損傷し、その間債権者は自己の用件のため近畿タクシー労働組合に立ち寄つていたものである。右の事実が本件懲戒解雇の主たる事由であるが、懲戒処分中、最も重い解雇が相当であると判定せられるについては、その量定の情状として、後記のように債権者が性格粗暴でしばしば腕力を振い暴行脅迫を敢てして職場の秩序を乱す常習者である事情が考慮せられたのである。

そこで先ず、右主たる解雇事由として問責せられた事実は労働協約所定の懲戒事由に該当し、かつその情状は甚だ重く、決して解雇権の乱用にわたるものでないことを説明する。

(一)  債務者会社は専らタクシー業を営む会社であり自動車は会社の基本的財産である。この自動車は毎日午前八時発車してから翌日午前八時帰社するまで二四時間全く会社の監視を離れるのであるから、如何なる運転手に如何なる車を託するかは会社の重大関心事であつて、営業担当者は常に運転手の健康状態、精神状態、疲労状態等を勘案して配車するのである。運転手の側から言えば、運転手は配車を受けた車に対し勤務時間中全責任を持ち、いやしくもほしいままに他人をして運転させるというような行為によつて会社の信頼を裏切ることなく誠実に職務を遂行すべきである。これは就業規則前文及び第一章総則にもいわゆる誠実義務として明記されているのみでなく、会社においては常々右の所為を禁止していた。そうであるから、やむをえず交替する必要がある場合は必ず事前に配車係まで届け出る義務があり、その上で配車係において会社として安心のできる交替者を指名し運転させることになるわけである。経営協議会等労使双方の出席する会合等において社長その他会社側から出番の運転手に自動車の処置を尋ねるのも、このような正当な手続に従つて交替者が指名されており、いやしくも自動車が放置されているようなことはないかどうか質していたのである。しかるに、債権者は右の義務に違反し会社の承認をえないで自己に配車された自動車を奥矢信義に代つて運転させた。

(二)  奥矢信義が債権者から交替を頼まれた時は二十四時間勤務を終えたばかりの勤務下番者であつた。債権者は会社の営業成績を維持しようとする良き労働者の考えから同僚非番の者に代つた旨述べるが、交替の相手方を選ぶにしろこのように極度に疲労した者を選定したのでは、右の主張に耳を傾けることはできない。果して奥矢信義は同日午前一〇時頃前記のように人を傷害する事故を起し、かつ車体を損傷したのである。そしてこの被害者に対する見舞品(約一、五〇〇円)、示談金(二、〇〇〇円)は債務者会社が支弁し、未払の治療代も会社において負担せざるをえない状況となつており、又車体の修繕代一、〇〇〇円も会社において支出した。

(三)  債権者の職場離脱には正当な理由がない、債権者は、労働協約の規定の趣旨からすれば就業時間中にあつても緊急やむをえない場合は債務者会社の承諾をえないで組合活動を行いうる旨主張するが、右のように解せられる規定は存在しないのであつて、緊急やむをえない事態が生じた場合にあつても会社の承諾をえなければ組合活動が許されないことは条理上当然である。まして本件においては債権者が職場離脱をしたのは緊急な用件があつたためではない。債権者は単なる私用で近畿タクシー労働組合を訪れたに過ぎないのである。債権者は地方労働委員会の斡旋に際し提出すべき資料の整理のため時間を費したというが、そのような事実はなく、仮に債権者が事実右資料の整理をしたものとしても、右斡旋期日は予め相当期間を置いて指定せられていたから、事前に十分準備をつくす余裕があつた筈であり、更に、債権者はいわゆるスペアー運転手であつて日々就業するかどうかを自由な意思により取捨し得る地位にあつたのであるから、緊急に準備を要する差し迫つた必要があつたとしても当日会社に申し出て就業を差し控えることは容易になし得たのである。しかるに、この挙に出なかつたのであつて、いずれにしろ債権者の職場離脱に正当な理由を見出だすことは到底できない。

以上のとおりであるが、労働協約に定める賞罰委員会規定に照すと、債権者の前示の所為は、会社より配車を受けた車を自ら忠実に運転すべき会社の指示命令に従はずかつ職場の秩序を乱した点において同規定第五項第三号に、その動機は自己の私欲を満すためであつて会社の許可を受けずに敢行した点において第五項第六号に、業務上の怠慢により事故を発生させその情が悪い点において第五項第一二号、第四項第七号に、債権者の業務上の権限を超え専断的な行為を為しその情が悪い点において第五項第一二号、第四項第一三号にそれぞれ該当する。しかして、右の所為、ことに配車された車を無断で他人に交替運転させる行為は債務者会社の経営の根幹を搖がす悪質行為であり、タクシー業界の常識をもつては考え及ばない非行である。このように債権者の右の所為がその情状において甚だ重いばかりでなく、次に掲げるように債権者が性格粗暴でしばしば腕力を振い暴行脅迫を敢てして職場の秩序を乱す常習者である点を情状として考慮して、懲戒解雇処分に付するのが相当であると判定せられるに至つたのであるから、本件懲戒解雇は正当であり、解雇権の乱用でもない。

三、債権者が性格粗暴で暴力行為をなす常習者であるということは、左の実例によつて明らかである。

(1)  債権者は昭和二九年六月から同年一一月まで近畿タクシー株式会社の従業員であつたが、同年一〇月上旬の或る夜中同会社事務所において、その原因は詳でないが、机や椅子などを手当り次第に顛倒破壊し窓ガラスを打ち破る等の乱暴を働いた。

(2)  同年一〇月頃の某日の午後七、八時頃債権者は債務者会社内ガソリンスタンド前において折柄給油の為帰社した債務者会社運転手佐々木信哉を何等の理由もないのに殴打し全身に打撲傷を負わせた。

(3)  同三二年六月二日午後一〇時頃債権者は債務者会社構内組合事務所前において組合員丸山正孝と口論の末殴打し治療五日間を要する傷害を負わせ、債権者は被害者丸山正孝より傷害罪に当るものとして警察に告訴された。

(4)  同月七日午前一〇時三〇分債務者会社仮眠室において債権者と光島新治に対する第一回賞罰委員会が開催されたが、賞罰委員会規定により被審議者は審議に加わることができない定めになつているのに、債権者が敢て入室したので、会社側委員がその理由を述べて退席を求めたところ、「何故居つたら悪いのか。そんな会社の一方的要求が聞けると思うか」と怒号し物凄い剣幕で両手の拳で机を壊さん許りに叩きつけ、静かに説明しても耳を貸そうとせず怒号し続けたため当日の審議は継続不可能に陥つた。

(5)  同月二四日午前八時頃債務者会社総務部長豊島精男が第二組合事務所軒下に貼られたビラ二枚を労務管理の参考資料として撮影しようとしたところ、これを認めた債権者は「色々人の気にさわることばかりさらし居つて怪しからん奴だ。カメラも何もぶち壊し腕を叩き折つてやる」と叫びながら走り寄り今にも殴りつけようとしたので豊島部長は事務所に逃げ込み危害を避けた。衆人環視の中での会社役員に対するこの暴言暴行は職場の規律を乱ること甚しい行為である。

(6)  同月二七日午前八時過ぎ組合臨時大会開催中のことであつたが、前夜来の豪雨のため会社前の市電も不通となり折柄ラッシュ時で乗客は殺倒し大会開催中のため休車配列してあつた車の出車を促す緊急状態となつた。営業部長山本幸男は臨時大会が一向に終了する気配もみえないので困却していたところ、たまたま組合役員白神一郎が外へ出て来たので、組合に対し、右緊急状態を認識して一刻も早く大会を切り上げるべきこと又若し右が不可能の時は会社において一時間程非番の者に交替運転させることにするから直ちに諾否の返事をすべきことを申し入れ、約一〇分間返事を待つたが何の返答もなく大会は何時終了するとも見えなかつたので、山本部長は遂に意を決し緊急措置として当時待機していた非番者に一時間だけの交替服務を命じて就業させた。しかるところ、漸く一時間後の午前九時二〇分大会は終了したが、債権者は大声に怒鳴りながら会社事務所へ走り込み山本郎長に対し「何故無断で車を出したか。組合員は働くにも車が無いではないか」と言葉荒々しく難詰し、山本部長から前記の事情の説明を受け自らの非を認めながらも組合員に対し自己の威勢を誇示するためか、徒らに会社が車を発車させたことを大声をあげて詰り、遂に「甘く見るな」と捨台詞を残して立ち去つた。会社が交替服務させた者は命令どおり約一時間で順次帰社し、臨時大会終了と共に当日乗番の組合員に復元し、事実上その就業に支障を生ぜしめなかつたのであるが、債権者が前示の態度に出たのは、債権者が一般から「アサヒタクシーの大西天皇」と呼ばれること、に思い上り、事ある毎に或は腕力或は粗暴な言動をもつてその威勢を誇示しようとしているものとしか考えられない。

(7)  同年七月二日午前八時頃当日勤務の従業員がまさに出庫しようとする時、債権者は会社正門の中央通路上にむしろ一枚を敷いて仁玉立ちとなり折柄出門しようとする運転手に向つて「おれの組合員は此処を通ることならん。仕事に出るならおれの身体を乗り越えて行け」と怒号して立ち塞がり、強いて出門しようとする組合員があるならばどのような危害をも加えかねまじい気勢を示して約三〇分にわたり組合員が就業することを妨げた。そのため当日勤務に当つた組合員一六名は出るに出られず午前八時三〇分会社に対し欠勤を申し出、会社は突然の大量欠勤に遇い非常に困つたが、スペアー運転手を雇い正規の出門時間より約一時間半遅れた九時半になつて漸く車を出すことができた。債権者が何故以上の行動に出たか了解に苦しむのであるが、或は組合から前日の七月一日会社に対し翌二日午前八時半より臨時大会を開催したい旨申入があり、会社と執行委員との間で協議の結果二日の予定を変更して三日となすべき協議がまとまつた経緯があるから、債権者はこれを不満として右の所為に出たのかもしれない。果してそうであるとすれば全く民主主義の精神を解しない行動であり組合を私物化し何事も暴力を以て自己の思うままにしようとする粗暴な性格を物語るものというほかない。会社としては債権者の右不法行為により直接間接に多大の損害を被つたので、同月五日長田警察署に対し債権者を威力業務妨害罪として告訴した。

四、本件懲戒解雇は以上の理由につきるのであつて、債権者が正当な組合活動をしたことの故をもつて債権者を追放し更に又組合の団結を破壊しようとの目的からなされた処分でないから、決して不当労働行為でない。第二組合が昭和三二年六月二二日結成されたことは前記のとおりであるが、債務者会社においては第二組合結成の報に接し、会社業務の運営上組合は一つであることが望ましいから、作らないで済むものならばむしろ結成を見合せてもらいたい旨希望意見を開陳した程であつて、いささかも第二組合の結成につき便宜を与えたことはなく、その他第一組合に対し支配介入的な意図は全く持つていない。又債権者と共に賞罰委員会の審議にかけられていた光島新治が右第二組合に加入したので、同三二年六月二九日同人に対する審議を取り止めたが、それは第二組合との間に未だ労働協約は締結されておらず、光島新治に対する懲戒は労働協約上の根拠を欠くことになつたので、やむなく審議を取り止めたにすぎないのである。このように債務者会社は組合活動に対しいささかも偏見を抱いておらず、債権者が本件解雇を目して不当労働行為とするところはすべて根拠がないのである。

五、以上のとおりであるので、本件懲戒解雇の意思表示は有効であり、債権者と債務者会社との間の雇傭契約は消滅しているものといわなければならない。そうであるばかりでなく、債権者は従前から妻に美容院を経営させその私生活は裕福で、スペアー運転手として随意就業しないため支給を受ける給与が比較的低額であるのも一向に意に介しない境遇にあり、なお現在は妻の住所に転居して同居していることでもあるから、債権者は債務者会社から給与の支給を受けなくても日常生活に何の困難も感じていないのである。従つて、仮に何等かの理由により懲戒解雇の意思表示が無効であり、債権者が賃金請求権を有するとしても、その仮払仮処分を求める必要性は欠如している。

してみれば、本件仮処分申請はすべて理由がないというべきである。」

(疎明省略)

理由

一、債務者会社はタクシー業を営むものであり、債権者はその従業員として運転手の職にあつたこと、同会社の従業員をもつて神戸合同労働組合アサシタクシー支部と称する労働組合が結成されており、債権者が同組合の支部長に就任していること、債務者会社が昭和三二年七月二日債権者に対し、債務者会社と右組合との間に締結された労働協約中の賞罰委員会規定第五項第三号、第六号、第一二号、第四項第七号、第一三号の各条項に該当する所為があるとして懲戒解雇の意思表示をしたこと、同三二年三月三一日債権者が債務者会社の格別の承認を得ないで自己に配車された受持の自動車を同僚の運転手奥矢信義に託して運転させ、自らは会社の業務を執らず、その間奥矢信義が事故を起したことがあるが、この事実が右の懲戒解雇の一事由とされたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の一、二によれば、右賞罰委員会規定の条項は次のように記載されている。

(四) 従業員が左の各号の一に該当する場合は出勤停止若しくは減給する。但し情状によつては譴責に止めることがある。

(1)―(6) 省略

(7) 業務上の怠慢又は監督不行届によつて災害その他の事故を発生させたとき。

(8)―(12) 省略

(13) 業務上の権限を超え又はこれを乱用して専断的な行為をした者。

(五) 従業員が左の各号の一に該当する場合に免職に処する。但し情状によつては出勤停止又は減給に止めることがある。

(1)―(2) 省略

(3)  職務上の指示命令に不当に従はない場合及び職場の秩序を紊したり紊そうとした場合。

(4)―(5) 省略

(6)  会社の許可を受けないで業務に関し自己の利益を図つたとき。

(7)―(11) 省略

(12) 前条第四号乃至第一三号に該当しその情が重いとき。

二、債務者は、右懲戒解雇の主たる事由として債務者会社の特別の承認を得ないで運転を他人に委せ事故発生の原因を作出し自らは職場離脱をしたとの事実を挙げると共に、情状として債権者の性格粗暴等の事実が考慮された旨主張し、これに対し債権者は、債権者の懲戒に関し開催された賞罰委員会においては債務者主張の右主たる事由に関連することのみについて審議されたにとどまり債権者の性格粗暴等の事実に関しては何等審議されなかつたから、この点において本件懲戒解雇は無効である旨主張する。そこで、債務者主張の解雇事由に対する判断に立ち入るに先立つて債権者の右の主張につき考察する必要がある。

前掲甲第一号証の一、二によると、労働協約には、組合員の賞罰に関しては会社側と組合側との双方の委員をもつて構成された賞罰委員会に諮り、賞罰の必要その種類その程度を審議した上これを行う旨定められていることが疏明される。しかして、懲戒解雇について考えれば、この協議約款は、労働者にとつて従業員たる地位の喪失その他の不利益をもたらす解雇に関し労働組合が労働者の利益のために使用者に資料を提供しかつ意見を開陳して使用者の意思決定に参画する機会を保障し、もつて労働者の地位の確保を期するものと解されるから賞罰委員会において審議の対象とならなかつた事由をもつて解雇することは許されないものといわねばならない。つまり、協議約款に反し審議されなかつた事由が解雇事由として附加されても、このことから直ちに当然に当該解雇の無効をきたすことはないけれども、解雇の効力が争われた場合には解雇事由とせられているもののうち賞罰委員会における審議の対象とされなかつた事由はこれを排斥し、ただ賞罰委員会の審議の対象となつた解雇事由のみによつて当該解雇の効力の有無について判断をなし、その結論を出さねばならないと解する。

そして、懲戒の種類程度の量定につき情状として考慮された事由が、懲戒の直接対象とされた事由と同様に、懲戒の種類程度の決定に重大な影響力を持つ場合もあることを考えると、右の見解は、情状として考慮された事由が当該労働者に不利益なものである限り、これについてもまた妥当する解釈といい得るであろう。

しかるところ、成立に争のない甲第三号証の二、同号証の四の二、証人宮崎正義の証言によつて真正に成立したと認められる同号証の一、同号証の三の一、二、同号証の四の一に、証人宮崎正義、同安芸利一、同福島一夫の各証言によると、債権者に対する賞罰委員会が開催されたのは昭和三二年六月七日から翌七月一日の間であることが疏明されるから、債務者主張の情状に関する事由のうち七月二日に発生した事実(債務者主張の三(7)の事実)が審議の対象とならなかつたことは自明であり、又前掲各証拠によると同委員会においては専ら債務者主張の主たる事由に関連する事柄についてのみ審議されたことが一応認められるのであつて、他の情状に関する事由(債務者主張の三(1)ないし(6)の事実)が審議されたことの疏明はない。もつとも、証人山本幸男、同中山達男、同豊島精男の各証言によれば、右の委員会に債権者が列席を求めたことから債権者と会社側委員たる総務部長豊島精男との間に口論があり、豊島部長が債権者のその態度を評してこのような状態であるから情状配量の余地はない旨述べ、その他債権者の性格に触れる二、三の言葉が同委員会の席上会社側委員から出たことは一応これを認めることができるのであるが、それらが正式に議題として提案せられ組合側委員においてもこれを審議の対象として認識していたことを認めるべき疏明はなく、又これらについて審議が行われたことを肯定するに足る資料もないのであるから、右の発言は話のついでに出たに過ぎず結局右賞罰委員会においてはそれをとらえて審議の対象としていなかつたものとみるのが相当である。従つて、債務者主張の情状に関する事由がたとえ客観的に存在しかつ債務者が主観的にもこれを認識して本件懲戒解雇をしたものとしても、これが賞罰委員会に附議せられていない以上、本件解雇の効力の有無を判定するに当つて考慮に入れることができないわけである。

三、そこで、以下債務者の主張する主たる解雇事由について検討を進め、本件懲戒解雇の有効無効の判断をすることにする。

前記のように債権者は昭和三二年三月三一日債務者会社の特別の承認を得ないで配車を受けた車を同僚の運転手奥矢信義に託して運転させ、自らは会社の業務を執らなかつたことは当事者間に争なく、証人奥矢信義の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一号証に、同証人及び証人森下貞雄の各証言と債権者本人尋問の結果を綜合すれば、同三一年一一月組合から会社に対し退職金制度制定の要求が掲示されて交渉に入りその後賃上げ要求も加わつて紛議が生じたが、同三二年三月二六日兵庫地方労働委員会の斡旋員による斡旋が開始され、同日次回を四月一日と指定されたこと、債権者はその前日たる三月三一日午前八時配車を受けて勤務に就いたが、神戸合同労働組合の書記長森下貞雄から翌一日の斡旋に際し他会社の給与状況に関する資料を提出するのが効果的であるという地方労働委員会労働委員の示唆があつたからその資料を整備するようにとの連絡を受け、同日午前八時半頃たまたま奥矢信義をみかけ、債権者と一、二時間交替して車を運転してもらいたい旨依頼したこと、そして、奥矢信義はすぐその依頼に応じて午前一〇時頃まで運転していたのであるが、午前一〇時頃神戸市長田区五番町四丁目の電車通を東進中、折柄そこを横断しようとする自転車に乗車した女性をはね治療約一〇日間を要する打撲傷を与えたこと及びその間債権者は職場を離れ右の組合の仕事にたずさわつたことが一応認められる。すなわち、債権者が債務者会社に無断で奥矢に運転を交替してもらつた所為は、翌日に迫つた地方労働委員会の斡旋の席上提出すべき資料を整備するためになされたものであり、それが差し迫つた重要な要件であることは否定し得ないにせよ、そのため事前に債務者会社の了承を得るいとまが全くなかつたとは、本件の証拠上認められないのみならず、仮にその時間的余裕がなかつたとしても、右債権者の所為が、自動車の運行を管理する立場にある債務者会社の経営秩序を乱すばかりでなく、ひいては不測の事故の発生原因ともなりかねないものであつて、経営者としてこれを重視し問責する態度に出るのは一応純理としては当然であると考えられるのである。

しかしながら、証人宮崎正義、同安芸利一、同森下貞雄、同福島一夫の各証言及び債権者本人尋問の結果によると、債務者会社においては、いわゆる乗番として乗車勤務日に当つている従業員が組合の執行委員会や会社との団体交渉に出席するため、或は突発的な用件が生じたために、いわゆる下番と称する乗車勤務に当つていない同僚の運転手に対し、会社の承認を得ずに任意依頼して一定時間交替運転を引受けてもらうことが、さして不都合な行為とは考えられずに事実上行われて来ており、債務者会社側としてもそういうことが行われていることを知らないわけではなかつたこと、そしてこのような事例は他のタクシー会社においても存在することが一応疏明されるのであつて、債務者会社にあつてはこれを明示的若しくは黙示的に許容していたものとはいいえないが、これに対しかつて警告を発する等適切な処置を講じて従業員の注意を喚起する方策がとられないまま放置されており、ここ両三年の間においては前示債権者と奥矢間の運転交替の事件が発生した後であり、しかも昭和三二年六月ストライキ解決後に至つて始めて任意の交替を禁ずる通達が出されたに過ぎないことは、証人宮崎正義、同福島一夫の証言及び債権者本人尋問の結果によつて一応認められる。証人大山貞雄の証言並びに同証言によつて真正に成立したと認められる乙第三号証の記載によると、任意の運転交替につき現在兵庫県下のタクシー業界においても厳重な態度を示していることが認められないわけではないが、又それが公式的な見解であり或は正当な解釈であるとしても前示の認定の妨げとなるものでなく、証人加納滋、同岩井一夫、同丸山正孝、同山本幸男、同中山達男、同豊島精男の各証言中前示認定に反する部分は信用しない。それ故、本件において問題となつている債権者の前示の所為は、一応非難に値するものがあるけれども、これを従来から債務者会社の運転手の間でいわば慣習的に行われ格別注意を受けたことのない無断運転交替の事例と対比すると、債権者の右所為の場合だけを特別に考えねばならない合理的根拠を見出すことは困難である。従つて、債務者会社が債権者の右の所為をにわかに取り上げてこれに対し解雇をもつて臨んだことは、他に特段の事由がない限り、いささか過重な処分とみるほかないこととなるわけである。もつとも、証人奥矢信義の証言並びに債権者本人尋問の結果によると、奥矢信義は前日から昼夜二四時間勤務を終えたばかりの時であり、債権者はこの事実を認識していたことが疏明されるので、この点債権者は同僚の中に交替者を探すにしてもその選択は軽卒のそしりを免れず、前示事故の発生の原因を作つたものとして責められねばならない。又、前掲甲第一号証の一によつても、債務者会社において組合活動は特に許された場合を除き勤務時間外に行う旨労働協約にも定められているところであつて、債権者の所為は一面無断で職場を離脱したものであり、その目的は前記のとおりで特に悪意に出たものともみられないが、組合長として甚だ軽卒な振舞であつたとのそしりを免れないところである。しかし、債権者が本件所為に出た事実関係が前記のとおりとすれば、幸に事故も軽微であり、その時間も短時間で終つているのであるから、これら債権者の判断の軽卒さを考慮に入れてもいまだ懲戒解雇を相当とする結論には至らない。

要するに、債権者の右所為は、職場の秩序を乱した点において賞罰委員会規定第五項第三号、業務上の怠慢によつて事故を発生させた点において第四項第七号に該当するが、本件懲戒解雇の効力の有無をこの債権者の所為のみによつて判断しなければならないとすれば、債務者会社が右の所為をとらえて懲戒するにつき賞罰委員会規定第五項に定めるところの解雇、出勤停止及び減給のうちの最高の処分たる解雇をもつて臨んだことは、著しく過重な処分というべく従つて労働協約たる賞罰委員会規定の適用を誤つた違法があるというほかない。してみると、本件懲戒解雇処分を違法とする債権者のその余の主張について判断するまでもなく、右解雇処分はこの点において無効であると断じなければならない。

四、以上説示のとおり本件解雇は無効であるから、債権者と債務者会社との間には今なお雇傭契約が存続しているものと判断されるところ、債権者に対し昭和三二年七月二日以降の賃金の支払をしたことは債務者において主張、立証しないので、債権者は同日以降の賃金債権を有しているものと認められる。そして、右解雇当時債権者の平均賃金が一日金六二四円四七銭であることは当事者間に争がなく右の賃金が前月の二一日からその月の二〇日までの分を締切り計算して毎月二八日支給されていたことは債務者の明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。

そこで、債権者の求める賃金仮払の必要性について検討すると、賃金労働者たる債権者が右に述べたように従来の収入源たる賃金の支給を絶たれては反対の疎明のない以上その生活に困難をきたすものと一応認めるのが相当であるが、本件においては、証人岩井一夫、同山本幸男の各証言からして、債権者の妻はその規模、収益の程度等不明ではあるけれども美容院を経営していること、債権者はいわゆるスペアーと称される運転手で、担当する一定の車がなく勤務日においても配車を受け得るとは限らない関係等からその収入は債務者会社の全運転手のうち下位にとどまつているが、これを別段意に介していなかつたことが疎明されるので、これら疎明された事実を参酌すれば、債権者がその生活を維持するため一日金四〇〇円の割合の限度においてその賃金の仮の支払を受けることは欠くことができないが、それ以上の金額の仮払を命ずる必要はないものと認められる。すなわち、すでに履行期の到来した昭和三二年七月二日から同年一一月二〇日まで一四二日間一日四〇〇円の割合による合計金五六、八〇〇円と同年一一月二一日以降の分として、同年一二月二八日を始めとして毎月二八日限り前月の二一日からその月の二〇日まで一日金四〇〇円の割合をもつて算出した金員を支払うべき旨を債務者会社に対し命ずるのが相当である。

五、よつて、本件申請は、債権者に対する解雇の意思表示の効力の停止を求め、かつ前示の金員の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 吉井参也 戸根住夫)

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